#11 低酸素応答のクロストークについて考えてみる

#11 低酸素応答のクロストークについて考えてみる

前回、さまざまな低酸素応答の存在を紹介した。

低酸素応答の制御は主にイオンチャネルの活性で説明のできる頸動脈小体、肺動脈によるものであっても、感知器、実行器の素子の発現制御においては遺伝子応答による調節からは逃れることはできない。

頸動脈小体や肺動脈における低酸素は両者とも低酸素への暴露から効果部位での反応はかなり迅速(一分以内)である。このような迅速な応答においては mRNA誘導-protein合成という時間のかかる回り道は直接は関与していない。しかし、このような応答も刺激への暴露が長時間に及ぶ場合つまり慢性的な刺激への暴露が続けばフィードバック制御が働き反応の閾値や強さが変化する。このようなフィードバック制御には刺激暴露中に細胞で起こる遺伝子変化が大きく関わっている場合がある。また発生の過程では特別な遺伝子発現パターン故に酸素分圧能をある組織が獲得していく。

前回説明した頸動脈小体(carotid body;CB)、低酸素性肺血管収縮(hypoxic pulmonary vasoconstriction; HPV)における低酸素応答を例にとりこれらのフィードバック制御について低酸素誘導性因子1(hypoxia-inducible factor 1;HIF-1)との関わりを解説したい。

HIF-1aをコードするhif1a遺伝子ノックアウトマウスは胎生致死である。この性質を克服するために現在では数々のコンディショナルノックダウンモデルが開発され各臓器におけるHIF-1またはHIF-1aの働きの解析がされている。

紹介する報告は、hif1a+/-マウスを用いた解析である。

ー肺血管の緊張


hif1a+/-マウスはhif1a+/+マウスと比較して低酸素応答の強さが低いしや速さが遅くなっている。つまりマウスを10%酸素分圧下で飼育しヘマトクリットの変化を解析すると飼育前には両群でヘマトクリット値に差はなかったが一週間後からhif1a+/-マウスにおいてヘマトクリット値の上昇が有意に抑制されていることがわかった。この差は4週間までは有意であるが5週間を超えると差は認められなくなった。右室肥大の程度にも有意な差が認められてhif1a+/-マウスでは5週目までは抑制されていた。同様の差は右室圧の変化においても観察された。

組織学的な解析により肺胞に近接する肺細小動脈の肥厚の程度がhif1a+/-マウスおいては軽度であった。

pulmonary arterial smooth muscle cell (PASMC)を用いた検討では、慢性低酸素は電位依存性のカリウムチャネルKv1.5を抑制しPASMCの膜電位の上昇させカリウム電流を減少させる。またこの抑制はhif1a+/-マウス由来のPASMCでは起こらない。

このように曝露される酸素分圧誘導性の HIF-1活性に依存して肺動脈の収縮性がリセットされることがわかる。

興味深いことに肺細動脈内皮細胞における低酸素誘導性のendothelin type Aの発現誘導にはHIF-2が関わっていて少なくともhif1a+/-マウスを用いた検討ではHIF-1の関与は否定的である。

ー頚動脈体の酸素分圧感知と呼吸調節


hif1a+/-マウスとhif1a+/+マウスを用いて頸動脈小体 (CB)を介した低酸素誘導性の呼吸調節機能へのHIF-1aの影響が検討された。

100%, 21%, 12%酸素分圧への気体に暴露して5分間呼吸数、1回換気量を測定したところhif1a+/-マウスとhif1a+/+マウスで差は検出できなかった。

高吸入酸素分圧ガスへの暴露により一過性の呼吸抑制が起こりCBを含む化学受容体の感受性を推定することができる(Dejours test)。

100%酸素ガスへの暴露後20秒間の呼吸回数の変化を検討したことhif1a+/-マウスではhif1a+/+マウスに比較して呼吸回数の減少が少ないことが判明した。つまりhif1a+/-マウスではCBの感受性が低下していることが推定できた。

さらに低酸素応答を比較してみると両側の迷走神経を切断したhif1a+/-マウスでは急性低酸素暴露による呼吸回数の増加が認められなった

これらの結果は、hif1a+/-マウスでは野生型に比較して呼吸制御においてCBへの依存の度合いが低いことを示唆している。

健常人に高濃度酸素を吸入させたときの呼吸応答に関しては以外と皆知りません。学生でも研修医でも麻酔科の専門医の資格を持っている先生でも正確には答えられないことがあります。

二相性の応答があり、まず初めに分時換気量がおちその後は換気量は上昇していきます。諸説ありますが、一応Haldane効果が延髄で起こるという解説は定説の一つです。身体全体で見れば酸素消費量も減るし、通常脳血流も減るというのが生理学の教科書的には定説です。酸素は与えればいいというものではありません。

次に、慢性低酸素環境への暴露後の急性低酸素への暴露における呼吸応答が検討された。野生型では、慢性低酸素環境での飼育後(0.4気圧で3日間)、12%酸素分圧への暴露時の呼吸数の増加の度合いが増加数するのに対して、hif1a+/-型では、増加の度合いが減少するという結果が得られた。

さらにCBを摘出して12%低酸素に暴露してcaroid sinus nerveの活動を電気生理学的に検討したところhif1a+/-マウスでは、低酸素誘導性の神経活動がほぼ消失していた。

このようにHIF-1は遺伝子が部分的に欠損するのみでCBの低酸素応答性は大きな影響を受ける。興味深いことにファミリー分子HIF-2はこの欠損を代償できない。

さらに低酸素誘導性の炎症反応にCBの酸素感知の閾値が影響されるという報告も存在する。炎症性サイトカインによるHIF-1活性化がこの経路に関わっている可能性は大いにある。

CBにおける低酸素感知には”低酸素センサー”からのシグナルが様々な種類のカリウムチャネルに流れ膜電位の調節に関わっていると報告されている。酸素、NADPHからheme oxygenase 2(HO-2)で生成されるCO(carbon monooxide)が BK channelを抑制するという機序でCBの低酸素感知が行われているという説が提唱されている。実際、HO-2欠損マウスでは低酸素誘導性の換気応答が減弱しているという報告も存在する。このような現象とHIFの関連は現在不明である。

以上のように、低酸素センサーーイオンチャネルを介して実行されていると考えられている低酸素応答でも低酸素依存的な遺伝子応答の制御下にある。

クロスフィードバック制御.tiff

参考文献

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2. Yu AY, Shimoda LA, Iyer NV, Huso DL, Sun X, McWilliams R, et al. Impaired physiological responses to chronic hypoxia in mice partially deficient for hypoxia-inducible factor 1alpha. J Clin Invest. 1999 Mar;103(5):691-6.

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4. Williams SE, Wootton P, Mason HS, Bould J, Iles DE, Riccardi D, et al. Hemoxygenase-2 is an oxygen sensor for a calcium-sensitive potassium channel. Science. 2004 Dec 17;306(5704):2093-7.

5. Kline DD, Peng YJ, Manalo DJ, Semenza GL, Prabhakar NR. Defective carotid body function and impaired ventilatory responses to chronic hypoxia in mice partially deficient for hypoxia-inducible factor 1 alpha. Proc Natl Acad Sci U S A. 2002 Jan 22;99(2):821-6.

6.   Powell FL. Adaptation to chronic hypoxia involves immune cell invasion and increased expression of inflammatory cytokines in rat carotid body. Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol. 2009 Feb;296(2):L156-7.
明日は多分周術期使用薬剤の影響について書きます。


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